[ 12・最終回 ]

耳の彫刻

耳の彫刻

耳を入れ替えられる構造が面白く、寝室に飾って楽しんでいるそう。(撮影:織田 憲嗣)

40年という短い生涯で、耳だけをつくり続けた彫刻家三木富雄の作品。これも以前の記事でお話しした建築家の宮脇檀さんの遺品のひとつで、私も気に入って大切にしています。宮脇先生がどんな経緯で手にされたかはわかりませんが、イタリア製品の輸入販売をしている知人が見て「これはかなり貴重なものですよ」と言っていたので、きっと何かの記念に少数つくられたものなのでしょう。サイズは18cm角くらい。大きいものでは人の背丈ほどもある耳の作品が国立美術館などに所蔵されています。

ものは、来歴がわからなければ単なるモノです。遡って調べ出自を辿ることで裏付けができ、価値のあるものになります。知識や美意識は、後天的にすぐれたものを見ることで培われます。私もその積み重ねによって感性が磨かれ、よいものを判断しそれを後世に残すという道を選べた。愛でたいものがあること、それを見るたびに美しいと感じたり何かを思い出したりすることは、とても大事だと思います。自分の感性を豊かにするものをそばに置き、逆なでするものは遠ざける。美しい空間で心地よい音楽を聴いて過ごす時間は至福です。そういうひとときがあるから人間は生きられる。

札幌へ引っ越してから、やっと「あれをしないと、これもしないと」という焦りがなくなりました。こんなことは本当に学生時代以来です。数日おきに締め切りがあるほど抱えていた雑誌の連載も、今は1本だけ。午前中仕事をして、午後はウォーキング。北海道大学植物園の角から札幌駅→大通→すすきの→中島公園を往復すると1日約9千歩になります。これを習慣にして7kg痩せました。ずっと追われる人生だったので、「こういう時間ができたんだなぁ」としみじみ思います。人生最後のところで恵まれた環境に身を置くことができ、いろいろな人に感謝しています。今の自分があるのは、高島屋と東海大学とメディアのおかげ。どれも幸運が重なった裏口入学的な非正規人生でしたが(笑)、自分のスキルがそれを可能にしてくれました。

(2026/06/19・談)

【取材を終えて】

札幌での暮らしが余裕のある穏やかな日々だとお聞きして、私もうれしくなりました。私は東海大学で14年間、織田先生の講義の一部を担当していましたが、その頃先生は週に17コマという驚異的な数の担当科目を持っていたうえ、雑誌の連載や講演、旭川の家具メーカーの製品開発や広告にも関わり、本当に忙しそうでした。大好きな渓流釣りにも行かず、いつ寝ているのか不思議に思うほどの毎日です。「夕食のあと少し仮眠をして、夜中に起きて原稿を書くの」と話していたのを思い出します。それが、今はウォーキングをして街ゆく人々を眺めているというのですから、素敵です。79歳で暮らしを劇的に変えた織田先生。大きな決断がいつもよい方向へ進むのは、やっぱり神様のおかげでしょうか。

──── コピーライター 西川 佳乃

読みもの

織田コレクション 愛らしい名作12選

読みもの

織田憲嗣氏に聞く思い出のコレクション12

映像作品

Life at Oda’s Residence — 織田邸の暮らし