第12話[最終回]

50年前に魅了された、
シーラカンスの炻器せっきがとうとう手元に。

50年前に魅了された、シーラカンスの炻器せっきがとうとう手元に。

ジャンヌ・グリュー
ブルーフィッシュ(1963年)※所蔵品は復刻版。

彫塑家ジャンヌ・グリューの代表作で、シーラカンスの原寸大のストーンウェア(焼き締めとも呼ばれるセラミック作品)。ロイヤルコペンハーゲン社で製造され、のちに廃盤になったが4年前に同社が復刻した。しかし、釉薬の環境問題により初期の焼成方法とは部分的に異なる焼き方となっている。「ストレート」と「カーブ」のふたつのタイプがあり、シーラカンスの生態がディテールまでリアルに表現されている。

天皇陛下がデンマークご訪問の際、
王室から贈られた「ブルーフィッシュ」。

最初にブルーフィッシュの実物を見たのは大学時代です。1960年代の終わりから大阪万博あたりの頃か、場所についてははっきりとは覚えていませんが、ロイヤルコペンハーゲン社の東京か大阪のショップだったようにも思います。ひと目見て、すごい迫力に圧倒されました。その後もテレビで何度か目にしています。1990年代かと思いますが、天皇陛下がデンマークを訪問された折に王室からこのブルーフィッシュを贈られたというニュースを見ました。最近では、小田原にある「鈴廣かまぼこ博物館」を紹介するテレビ番組で、玄関に飾られていたのがチラッと映っただけでしたが、私は見逃しませんでした(笑)。その姿が忘れられず、譲ってくれるよう博物館に交渉しようかと本気で考えたくらいです。

限定で復刻したと聞いて、
迷わず購入を決めるが──。

2024年9月のこと、知人の紹介である女性が自宅を訪ねて来ました。2023年に東京・高島屋で開催した、織田コレクションの「北欧デザイン展」にも足を運んでくださったとのこと。彼女はロイヤルコペンハーゲン本社で24年間製品開発を担当していた方で、お話しするうち、ブルーフィッシュがコントラクト受注で復刻されたことを知らされました。なんでも、東京の不動産会社からビルを何棟か建設するのでそのすべてにブルーフィッシュを飾りたいというオーダーがあり、保管していた型を使って100数十体限定で復刻したというのです。そしてそのうちの数体が東京に残っていると!

ロイヤルコペンハーゲン社は、前回この連載で紹介したアクセル・サルトの作品は別にして、アートピースに類するものをあまりつくっていません。ブルーフィッシュももともと製造点数が少なく、日本に入って来た初期のモデルはおそらく10点くらいじゃないでしょうか。同社の記念碑的モデルと言っていいものだと思います。もちろんその場ですぐ彼女に購入の意思を伝えました。この50年間「お金は働けばなんとかなる」方式でここまできましたが、近頃はそうもいきません。しかし“本物”をこの地域に残すには、東川町の「織田コレクション」に加えてもらうのがベストな方法です。なんとか私が確保しておかなければ、という気持ちで無理をしました。コレクションはどれもそうですが、出会ったときに手に入れないと、もう見つけられないのです。

美しいものを愛でると幸せな気持ちに。
それが“無用の用”。

実物のブルーフィッシュは迫力だけでなく、彫刻作品のような美しさを備えています。モチーフは生きた化石と呼ばれるシーラカンス。実に精巧にできていて、ヒレなどは腕や足を連想させる、恐竜のような威厳があります。焼き物で表現したことで一層その特徴が際立っているように感じます。やっと手に入れたものなので、しばらくはそばに置いてじっくり愛でたいですね。オブジェを持つ目的は、まさに“無用の用”。それを使って何かをするわけではないけれど、空間が豊かになって見るたびに幸せを感じられる。それもまた機能に勝る大きな価値なのです。

織田コレクションには多くのアートピースがありますが、椅子や日用品のコレクションと同じく、私がデザイン文化遺産として後世に残すべきだと判断したものばかりです。価値観は人それぞれであっていいのですが、ものを見る眼を育てる努力は必要だと思いますね。私は若いときから「いいものを選ぶ生き方をしよう」と意識してきました。それも一点豪華主義ではなく、あらゆるものを自分の審美眼に適ったものにするのです。いいネクタイを買ったらいいスーツを合わせたくなるし、上質な靴をきれいに磨いて履くようになる。少々無理をして買うと大切にするし、それを使っている自分にプライドが持てる。自ずと所作も美しくなるものです。自分への投資を惜しまないことで、スタンダードラインが高いところに設定され、少しずつ暮らし全体の質が上がっていくのです。逆に質の悪い低価格のものを身につけると、知らず知らずのうちに全部がその質で揃ってしまう。ファストなものばかりを買うことで生活文化を低いものにしてしまうことになるのです。価格訴求の安価な製品は、結局間に合わせのものであり、ロングライフなものとは言えないでしょう。かつて、建築家の宮脇檀さんが、やむを得ない事情で急遽購入した事務用椅子のことを「捨てるに捨てられず本当にイヤだった」と後々まで言っておられたのを思い出します。

インタビューの途中、何かの拍子でトーネットのNo.14の話に。すぐにイラストで説明してくださる。「ここは無垢材、こっちは薄板とニカワ──」。

デザインの役割は、環境を美しく整え、
人を幸せにすること。

1800年代に活躍したスウェーデンの教育学者エレン・ケイが「暮らしの中の美は、人を幸せにする」という言葉を遺しています。今、どこの家庭にも「美」があるでしょうか?街で会った知らない人の家について行くというテレビ番組がありますが、あれを見てカルチャーショックを受けました。暮らしの豊かさというのは、ものの多さではありません。昔の家は質素で簡素でした。かといって貧しいわけではなく、侘び寂びが生きた清廉な空間で心豊かに暮らしていましたよね。

今はイベントでむやみにノベルティを配ったり、ひとつ買ったらもう1個プレゼントとか、余計なものが多すぎます。そういうものは概して大事にされないから、すぐにゴミになる。そんなことを繰り返していると、いいものを買って直しながら使い切る、という日本人古来のすぐれた価値観や習慣も消えていってしまいます。私は自分の目で選んだものしか家に持ち込みません。

デザインの本質は、あらゆるものを美しく機能的に整えて人や社会を幸せにすること。人を欺くようなデザインは、あってはなりません。開発にお金と時間をかけることなく安さを売り物にしたり、上げ底やイミテーション、コピー製品、そして誇大広告も、誰かの幸せや利益を奪っています。そういうものは、使えば使うほど心が貧しくなります。最終回だと思うといろいろ伝えたくなり、つい小言のようになってしまいました(笑)。お許しください。

最終回にあたり、ご報告が。
9月をめどに札幌へ転居します。

コレクションの一点一点にまつわる苦労話やハプニングをお話しするという今回の連載、いかがでしたでしょうか。長い間ご愛読いただきありがとうございました。さて、私ごとですが、今秋で東川町の職を退任し、東神楽町を離れて札幌に引っ越すことになりました。今の自宅は、ある方がオーナーとなって引き継いでくださいます。リビングデザインミュージアムのような形での公開を考えておられるようで、その場合は私も協力を惜しまないつもりです。これまでは個人的に訪問、見学を受けておりましたが、これからは公共性が高まりさらに多くの方に見ていただけるようになるでしょう。

デザインミュージアム建設の計画が、やっと東川町主体で建設に向けて動き始めることになりそうですし、私は札幌へ移っても織田コレクションに関わる活動を続けます。関西から生涯をかけて追い求めたデザインミュージアムの夢が、数年後にはとうとう実現しそうです。これまで支えてくださった皆様方には心より御礼申し上げます。織田コレクション協力会の会員・サポーターの皆様には改めてお礼状を差し上げますが、まずはこの場で報告させていただきました。どうかこれからも変わらぬご支援をお願いいたします。

2025/2/3 せんとぴゅあ(東川)にて
聞き手/西川 佳乃

インタビューを終えて

織田先生の札幌への転居は、しばらく前からたびたび耳にしていました。あの大きな家を管理しながら、椅子と日用品の膨大なコレクション、そして文献を保管し、つねに家中を美しくしつらえ、さらに道路や花壇、森の手入れをして大勢の来客を迎えている先生の姿は、「いったいいつ講演の準備をしているのだろう」「原稿を書く時間はあるのかしら」と心配になるほど。年齢とともに、もう少し身軽な暮らしを望むのは自然なことに思えます。

今回も「疲れた~」と言って始まったインタビューでしたが(笑)、その中で先生がとてもうれしそうに話されたのが、デンマークデザインミュージアムの館長アン・ルイーズ・ソマーさんの言葉です。「織田コレクションは、唯一無二。織田さんがコツコツ働いて集めた資料だから、ひとつひとつにストーリーがある。ものを使いながら本質を知る研究をする人はほかにいない」。その「ひとつひとつのストーリー」を紹介してきたこの連載も、今回でひと区切りとなります。新たな企画については、織田先生と相談中。「まだまだあるよ」とのことなので、楽しみにお待ちくださいね。

コピーライター 西川 佳乃(にしかわ かの)
東京、札幌のデザイン事務所勤務を経て2001年から旭川でフリーランス。現在まで旭川家具をはじめ地元の企業や団体の広告制作に携わる。織田氏とは仕事を通じて約30年来の縁。

映像作品

Life at Oda’s Residence — 織田邸の暮らし

読みもの

織田憲嗣氏に聞く思い出のコレクション12