第4話
ゲートルード・ヴァセゴー
カペラ(1975年)
「カペラ」は、ヴァセゴーの作品の中では新しい方に入るシリーズ。古いものには「ティーセット(1956 年)「ゲンマ(1962年)」「ゲミナ(同)」などがあり、織田氏はそれらの中でもっともこの「カペラ」が好きだという。ロイヤルコペーハーゲン社で少量しかつくられなかったため市場にも出回りにくく、織田氏も入手にかなりの時間と費用をかけることになった。
「もしこのシリーズが入ったら、必ず知らせてください」。北青山にあったアンティークショップ「LYSTIG(リスティ)」にロイヤルコペンハーゲン200年史に出ていた写真をコピーして送り、そう頼んでから何年待ったでしょうか。ある日「ティーポットが見つかりました」と連絡があったのが、「カペラ」収集の1点目となりました。ゲートルード・ヴァセゴーが1975年にデザインした食器のシリーズ「カペラ」は、ヴァセゴーが日本の影響を受けていたこともあって、モダンな北欧デザインでありながらポットの把っ手の形状や籐使いなどに、和が感じられるものになっています。
白い無地の器というのは装飾性がないため、特徴を出せるのは形しかありません。このティーポットはよく見るとわずかに楕円形で、派手さはまったくないけれど、その肌は少しグレーがかった白磁に近い白で、なんともいえない美しさです。白といえば、「ドミノ」の白も美しい。なめらかな女性の肌にたとえられる、つややかな深みのあるアイボリーがかった白です。日本にも白を表す言葉はたくさんありますが、雪と氷に生きるアラスカのイヌイットには、氷河をイメージした「グレーシャホワイト」など150もの表現があるそうです。
作家がどんなによいと思ってデザインしても、メーカーの方向性に沿わないと発売に至らない、至っても少量生産ということはよくあります。「カペラ」を製造するロイヤルコペンハーゲンも、同社の礎を築いたアーノルド・クロウの「ブルーフルーテッド」が一番の売れ筋であり、ヨーロッパの名窯の多くがそうなように、モダンなものを避ける傾向があります。マイセンなどは、モダンなものは皆無と言っていいほどです。従って「カペラ」も短命であり、市場に出回らないため高価なものになりました。メーカーにとっては稼ぎ頭のシリーズがあるからこそ冒険もできるわけですが、それだけモダンは「危険なもの」なんですね。ヨーロッパは古いものを尊ぶ文化が根強いためでしょう。イギリスでは車でさえ古いものの方が税金が安いくらいですから。
その「カペラ」を、僕は長い間印刷物でしか見たことがありませんでした。初めて実物を見たのはコペンハーゲンのデザインミュージアム。ポットとクリーマ、カップ&ソーサー、キャセロールまでまとまったものを見たのはこれ一度きりです。ポットを手に入れたあと、北欧の日用品を調べ続けるのが趣味のコピーライターの友人が、「キャセロールとプレートがデンマークのあのお店に売ってるよ!」と知らせてくれました。僕はカードを持たないので娘に頼んで決済してもらって買いました。こうしてコツコツと1点ずつ買い足し、20年かかってほぼ全品が揃いました。
日用品は、ひとりのデザイナーが用途に合わせていろんなバリエーションをデザインしていて、それがひと塊になってこそ見応えがあります。展覧会ではその多様なデザインを多くの人に見てほしい。「芸術性を持った日用品」の素晴らしさは、美術品のような展示では伝わりません。
展示するものを選ぶとき、僕はいつも会場の図面をフリーハンドで描き起こします。テーマに合わせて選んでおいた出品リストに基づいて、1点ずつ寸法を確かめ、どの椅子、どのテーブルがどこに入るか、照明はここ、日用品はここに──とシャープペンシルで描きながら調整し、位置を決めていきます。
そうして最終の出品リストが完成したら、旭川市内と東川町内にある収蔵庫、それに僕の家から探し出します。分散しているのでどうしても手間もかかり、なかなか見つけられず苦労することも。手順を説明すると、①ものを出したら、廊下に白い紐をプッシュピンで止めて展示スペースと同じ広さの枠をつくったところに並べ、スマホで仮撮影。②1点ずつ梱包して段ボールに詰め、東川写真文化ギャラリーのスタジオに運び、梱包をほどいて撮影。③再び梱包して東川町内にある倉庫に集める。④その後搬入日に合わせて日通のトラックが来る。美術梱包のプロが二人一組になり、まず元の梱包をほどき、三層段ボールを使ってその場で1点に1個の専用箱をつくって再梱包(この作業に数日かかる)。⑤荷台が棚になったトラックに、キャビネットなどの大物から椅子、照明、小物の順に詰めて出荷。という段取りです。大変でしょ(笑)。今回の「北欧デザイン展」(日本橋高島屋・2023/3/1-21)では、東川のデザインギャラリーのスタッフが本当によく頑張ってくれました。
僕はコレクションの家具や照明を自宅で使っていますが、食器はなかなか使えません。欠かしたら2度と手に入らないからです。ですから使いたいものは複数買うことになるのです(笑)。使いやすさ?あまり関係ないかな。使い心地が悪くても好きだから。
もちろん、展覧会に貸し出すときは慎重に扱うようお願いしています。今回の「北欧デザイン展」の図録にある、カイ・ボイスンのコーヒーサービスセット(P213)。これには苦い思い出があります。ある展覧会から返って来たら、ポットの口が欠けていたんです。仕方がないので、デンマークのオークションでセット崩れを探して買い直しました。ヴァセゴーのティーセット(P250)も、貸し出しを終えて梱包を解いたら持ち手が折れていた。食器類はこれがいちばん悲しく、そうならないようにするのが大変なんです。絶対に壊れないよう専用の箱をつくるなど工夫しています。そういえば、今回日通が何十個も持って来ていた、クッションでサンドするカバン型の梱包材はよかった。道具も手際も、さすがプロの仕事です。綿を和紙でくるんだワレモノ用の綿布団も便利だったので、それはお願いして次のために置いていってもらいました。
椅子のコレクションが日用品に広がったと思われがちですが、実は逆で、大学を出て高島屋に入社した頃から食器は好きでよく買っていたんです。やはり北欧のものが多く、今回展示したダンスクの鍋もそのひとつだし、今も家で使っている朝食用パン皿はノルウェーの「ポルシュグルン」のもの。50年以上使っているので模様も擦り切れていますが、大きさがちょうどよくて気に入っています。自宅の吹き抜けの下にある可動式のイタリアの照明も、自分で直しながら50年使っています。
新婚の頃、街でダンスクのフォンデュセットを見つけました。いいものは迷わないのですぐ買うことにしたのですが、見るとセットのウォーマーを入れて当時で5~6万円もします。そのとき持っていたお金を全部出して、間に合うかどうか冷や汗ものでしたがギリギリで買えたのを思い出します。その後も「きれいだから買おう」の即決が続き、だんだんふえていきました。そして研究者の道に進むと決めてからは、使命感によってコレクションはふえ続けているのです。
2023/3/6 せんとぴゅあ(東川)にて
聞き手/西川 佳乃
インタビューを終えて
この写真は、初めて織田先生を取材したときの一枚です。日付は1991年の夏、場所はカンディハウスでした。グラスの水滴をハンカチで押さえているのが、先生らしい(笑)。あれから30余年。ていねいに暮らすことの大切さを、日々教えていただいています。以前、観葉植物を譲ってくださったときの言葉に、私は今もハッとすることがあります。「植物に必要なのは、ほんの少しの愛情です。それがないようではいけません」。(西川)
コピーライター 西川 佳乃(にしかわ かの)
東京、札幌のデザイン事務所勤務を経て2001年から旭川でフリーランス。現在まで旭川家具をはじめ地元の企業や団体の広告制作に携わる。織田氏とは仕事を通じて約30年来の縁。